2023 年

2023 年が終わるので、色々振り返る。2019 年2020 年2021 年 の振り返りがあって 2022 年は未執筆なのに気がついたので、若干そこにも触れておく。

暗中模索の 2022 年、光明の差す 2023 年

今だから言えるが、自分一人にとって、昨年 2022 年は暗い 1 年間だった。自身が経営に携わるスタートアップ(Flatt Security)はもちろん成長を続けていたし、どんどん素敵なメンバーが増えていた。会社は外から見ても内から見ても上手くいっていた。しかし、二の矢・三の矢の事業を生み出し、その小さな成功から熱狂を加速するべき立場にいた自分は、何が成せていたか?正直からっきしだった。その実感が 2022 年への印象に影をもたらしている。

こういう踊り場は、組織のモメンタムに大きく影響する。うまくいっていても、うまくいっていない気がしてくるのだ。人は努力の尽くされた論理と、奉仕の尽くされた情緒を携えて、ようやく不確実性と向き合えるようになる。モメンタムの低下は、情緒を弱め、人を安定や消極に向かわせる。放っておくとゲームオーバーだ。かの Sam Altman が言う “Momentum is everything in a startup” という言葉は真理をよく捉えていると思う。

2023 年はこの暗い実感に抗った。それで超上手くいった。弊社の事業のうち、プロフェッショナルサービス事業が安定して成長を続けていく中(この記事に詳しい)、新たな事業(Shisho Cloud 事業)で沢山の顧客に恵まれるようになった。その自信が、自分たちの、次のステージを描く勇気を与えてくれた。社内にビジョンを語るときの不安も随分減った。

あと数時間で明日が来て、2024 年を迎える。その瞬間は地元の北海道で過ごす。そんな土地の縁のおかげか、BOSS THE MC の 「人生の勝負時が来たらまったなしだ」『路上』)という声が頭に反響する。まさにそうだ。松岡修造が演じる松岡修造像のような、アツい燃え上がり方はしていないし、自分向きでもない。むしろ氷点下を下回る外気温の中で、体は冷え切っている。それでも今の自分を取り巻くこのモメンタムが、マーケットの変化が、1 時間 1 分 1 秒でも早いアクションに自分を向かわせようとしている。この世界に待ったはないのだ。

2023 年の行動の根幹

前節で「2023 年はこの暗い実感に抗った」と書いたが、戦術面では、特別なことはしていない。「技術者に選定してもらえるプロダクト」を目指す過程での、一周目 PdM の 3 つのしくじりと教訓 でも書いたし、”次世代のものづくり”を担う組織に寄り添い、サポートするセキュリティ SaaS「Shisho Cloud」の開発秘話と私たちが目指すもの でも話したが、とにかく人と話して課題の共通項を探すというベーシックなことを繰り返してきただけだ。

ただ、どの場面でも 「バランスシート(BS)に見えない資産」の部分をどう活かして、さらに大きくするかは行動の根幹として意識した。ここでの「バランスシートに見えない資産」とは、自社への信頼や期待値や人脈といった社外ステークホルダーとの関係値に関することや、人的資本、チーム・組織の過半以上で共有できている思想(この点は人的資本経営の文脈に通ずる)のことを指す。

例えば新規プロダクトの壁打ちを誰かにお願いするにも、日頃から Give & Take の Take しか出来ていない人には頼めない。このような資産を作れているかは考えるまでもなく本当に大事だ。弊社は第 7 期目がそろそろ終わるところで、セキュリティ事業を初めて 6 年目をそろそろ迎えようとしているが、意識していないうちに多くの顧客と非常によい関係性が作れていた。だから、今年はその関係性を、筋を通しながらの活用・強化していけないかを強く意識して行動した。

一般に、上記のような BS 外資産を含めた「拡張 BS」を活かす・拡大する能力は、継続的に新たな事業を生み続ける・愛されるプロダクトを作る上では非常に重要だと感じる。事業の立ち上げスピードは良い失敗の数に依存する部分があり、その失敗を繰り返すにはいい壁打ち相手とそれを回せる社内文化が必要だからだ。思いついたアイデアを 10 分後に壁打ちできる相手が全くいないより、100 社いるほうが、どう考えても事業立ち上げの際の初期思考は洗練されやすいだろう。LayerX の第 3 の事業、Privacy Tech 事業を始めます、という話 での言及を機転に自分もそれなりにリサーチをしたのだが、やはり企業の成長可能性は新規事業の創出能力に大きく依存すると感じるし、とすれば殊更「拡張 BS」の活用・拡大は重要な能力だと言える。

それと、ここまで来るとオフトピック的だとは思うのだが ― 弊社のような専門性を活かしたコンサルティング・アセスメント事業を機転に参入した企業ほど、「拡張 BS」の中でも人的資本の活かし方を考えることに意味がある、と感じている。非常に優れたタレントたちの力量を、フロー的な収益モデルのビジネスへの参画を通して収益化しようとすると「双方良し」が作りにくいのだ。当人のキャリアの中に「これを作った」という代表作が残りやすく、かつストック収益にコミットしてもらえる状態が作れると、お互い更に嬉しい状態にできそうだ。来年はより強くここを意識したい。

2023 年の行動変容

事業成長と、その主たる関係者の能力成長は、必ずしも同時には起こらない。今年立ち上がったのが 3 つめの事業なのだが(検証フェーズで止めたものも含めると数え切れないほどやってきたが)、既存の 2 つの事業の立ち上げに関与した経験上、後者の人の能力の成長スピードの方が概して遅いのだ。それに、主たる関係者の能力総和は、多くのビジネスモデルにおいて事業成長率の upper bound になるという、悲しい事実もある。

自分は肩書や社会的地位を重要視しておらず、経済的な成功もあまり重要視していないので、事業に対して自分が見合わない器になったら次の器にバトンを渡すべきだと考えている。しかし、スタートアップというゲームは、できるだけ長く楽しみたい。朝起きて夜寝るまでを賭すことに合理性まで感じられてしまう、こんなに楽しいことは、他にないのだ。

だから、事業成長を感じ始めたタイミングから、自分自身が「次の事業ステージに進める器」になれるような意図的な努力を始めた。具体的には、以下のようなフレーズを意識して行動した:

  • (1) 縁を尊び、偶発の力を信じる
  • (2) ストーリーテラーを演じる
  • (3) 自身を評価に晒す
  • (4) 理解から逃げない
  • (5) 公器を志向する

(1) 縁を重視し、偶発の力を信じる

過去の事業や、今の事業ドメインでの 5 年間を通して、「適切なチャンスのそばにいられないこと」が成長のボトルネックになることを痛感していた。大事な業界動向がニュースで流れてきた頃には手遅れだった、いつか一緒に働きたい他社の天才が気がついたら転職していた、等が典型的な例だ。適切なチャンスを掴むには、まず自分がそばに、できれば渦中にいなければならない

また、自分は、自分の能力の限界を悟っている。事業のボトルネックは多くの場合リーダーの能力だが、事業の急激な成長を作るのは多くの場合リーダーの能力のおかげではない。志を共にできたか、あるいは利害を一致させることのできた、強烈なタレントだ。

だから今年最も大切にしたのは、人との縁だった。それが適切なチャンスの存在を知ることに繋がるし、自分を超えるタレントと時間を共にする機会を増やすことにも繋がる。

例えば、今年は CTO 系イベントや、セキュリティ系イベントの懇親会に可能な限り参加していた。そこでは本当に多くの人生の先輩と出会えたし、そこでの学びは、経営者としては未だ低学年の自分が生き抜くためには必要不可欠だった。年齢や事業フェーズ的にも Take に留まることが多く、コミュニティに対して Give できることが非常に少なかったから、来年はどうにかしたい。

その他、本当にしょうもない雑談を、折々で各方面とすることにしていた。昔いったあのお店に最近別の機会で行きましただとか、最近どこそこで貴社の XXX ってサービスにお世話になりましただとか、普通に生きていたら誰かとの縁を感じる瞬間は自然と出てくる。前ならそれを覚えておくことも、ましてやその人に連絡することもしなかったが、今年はそういう些細な瞬間に連絡をするようにしていた。勿論、お世辞が得意なタイプではないので、お世辞抜きにメッセージしたい場合のみこういうことをした。

そして同時に大切にしたのが、自分の意識の外にある偶発的な出来事 だった。それらを怖がるのではなく積極的に自分たちの既存のストーリーに関連付けていくことが、自分たちをより大きなストーリーに引き込んでくれると信じていたからだ。

例えば、誘われたイベントやセッションはほぼ全て引き受けた。【日経 ×Flatt Security×IssueHunt】プロダクトセキュリティの民主化と協調 や Google VRP 主催の init.g ワークショップ、東洋大学様の講義「ICT 社会応用」でのセッション、来年すぐのものだと IssueHunt 様主催のP3NFEST Conf 2024、Rust Panel Discussion vol.1 等がその例だ。こういった機会は必ず縁を深め、次の縁を生むからだ。また、自分たちの視点では漏れていた考え方が必ず見つかり、結果として自分たちのストーリーを深めてくれるからだ。

その他、昨年から年末年始にやっている 2023 年のプロダクトセキュリティを振り返る【各業界の開発・セキュリティエンジニア 13 人に聞く(前編)】 や、昨年からプロデューサーとして参画しているセキュリティ・キャンプ全国大会 2023等、縁に頼って知見をいただくことも多くあった。ここでは自分は場を作る役割に徹し、どのようなアウトカムが出るかは偶発的なものに任せてみたが、結果として非常に良いものができたと思う。

(2) ストーリーテラーとして生きる

その他、事業のボトルネックになるのは、いつでも社内外から引き出せるポジティブ感情が弱いときだ。プロダクトやサービスが愛されていない、会社が愛されていない、人が愛されていない、同僚が好きではない、こうなると事業は伸びにくい。誰だって自分に向くポジティブな感情は大きければ大きいほどよい。

そのため、今年次に大事にしようとしていたのは、ストーリーテリングだ。経営者はいい演者ではなくてはならない。例えば 今年は Developer eXperience Day 2023(スポンサーセッション)、SRE NEXT 2023(スポンサーセッション)、RubyKaigi 2023、Security-JAWS #30 等様々なイベントで、自社製品の話よりも「プロダクトセキュリティ」という領域に関するストーリーを話した。その他、Google Cloud 公式ブログや、プロダクトの正式リリース時の裏話 等、テキスト媒体でもストーリーを語った。

これは同じ志の味方を増やすこと、広く捉えればサービスや、他のメンバーが社外に出るときの「コンフォートゾーン」を大きくしておく活動だ。そういえば聞こえはよい。しかし、これらは Paul Graham のいうところの “fake work” にもなりうる危うさも感じていた。認知とはなんとも計測しにくいもので、かつ認知だけでは顧客の行動は引き出されないからだ(仮に引き出してくれるのだとしたら、この世の SLG GTM はもうとっくにお払い箱だろう)。そのため、自分はこの手のストーリーテリングに使う時間に upper bound を設けてセルフ・コントロールしている。

この点、正直なところ満足には実践しきれなかったのだが(特に社内向けのストーリーテリングは今年自分はすっかり出来ていなかった感覚がある)、来年は精進を重ねたい。

(3) 自身を評価に晒す

先述の通り、自分の能力のボトルネックは、事業のボトルネックになる。 したがって、自分は行動を止めてはならないし、止めないような環境を作る必要がある。

一人の技術者から経営の一部にロールを変更した自分のような人間の場合、当然、日々の事業運営を通して経営に関する能力が評価に晒される。一方、技術に関するセンスは評価に晒されにくくなっていく。弊社のような Business-to-developer(B2D)ビジネスを有する事業を経営していく場合、技術理解は大前提であり、技術者としてのセンスが錆びつくのはまずい。

そこで今年は、第三者からの技術者としての評判を左右するような機会に意図的に飛び込み、技術者としての自分が評価に晒される状態を作っていた。その一例が Asian Cyber Security Challenge 2023 への出場や、その結果決まった International Cybersecurity Challenge (ICC) 2023 への出場だ(参考)。話の本筋とは関係ないが、後者に関しては、アジアチームの Head Captain を担えたのも非常によい経験だった。

これは自分の能力を知るためにやる(自分の能力を評価するためにやる)ものではない。一定のマネージャー経験を積めば、自分の能力の評価は、大抵の場合、自分でも大外しせずにできるようになるからだ。どちらかというと、評価に晒されることで「低い評価だとダサいかも」というような恐怖心を芽生えさせることが、これの目的だ。もっともこの How が使えるかどうかには、個人のパーソナリティが強く関わるし、自分以外の第三者に対して取るべき方法論ではないことに注意したい。

(4) 理解から逃げない

分割統治法に似た発想で、問題を細分化して考えることで、課題を分散して解けるようにするアプローチは組織づくり・ソフトウェアづくり・その他多くの場面で当たり前のように行われる。しかし、その問題の細分化方法が最適かを検討する際は、結局全てを理解する覚悟を保つ必要がある。抜本的な改革ほどこの覚悟を要する。

難しそうなことから逃げ始める(自分以外の専門家が取り組んでいることを、自分は分からなくていいやと放っておきはじめる)と、急に自分の能力向上のペースや、他者理解のペースは落ちる。物事を理解することはたいてい常に正義だ。理解から逃げない ― これは自分が今年意識していたことの一つだった。

(5) 公器を志向する

松下幸之助は「企業は社会の公器である」と話したらしい。この言葉には、2021-2023 年に何度も新規事業開発に向き合う中で、プロダクトアウト的姿勢を取っていたところからマーケットイン的姿勢に切り替えた際に出会った。正直、これだと思った部分がある。

新規事業開発の中では、想定ユーザーに何度もヒアリングを繰り返していく。ただこのような、「マーケットが求めているもの」は、しばしば局所最適に陥っていたり、そもそもの業界構造の問題(例えば B2B SaaS で業務の改善をしたい場合、その SaaS で実現したい業務自体が fake work である等)に由来することがある。マーケットインを志向すればするほど、自分たちが何を解きたいのかが分からなくなる。信念を失った経営は弱い。

そういうときに便利なのが、自分たちの行動の先に「社会の公器」としての姿が見えるか、という自問である。社会はこうなってないとおかしい、こうならない訳がない ― そう思い込めるような像に、自分の行動・意思決定が寄与するかを考え続けることで、行動が次第にマーケットイン的姿勢に飲み込まれすぎなくなる。

来年以降はパブリックセクターにもっと働きかけられるようにしていきたい。正直これは営利には直結しないし、心の中の様々な存在が「限られた経営資源は、儲かること、真の事業ボトルネックにだけ使え」と囁きかけてくる。しかし、必ず働きかけていくべきだと考えるのは、僕らが一生日本という国に貢献していないとしたらおかしいからだ。僕らがやらないなら、誰がそれをやるのか、って話なんだ。

最後に ― 2024 年を見据えて

ここまでは、概ね以下のようなことを書いた:

  • 2022 年から 2023 年に、会社のフェーズの変化を向かえた
    • 2022 年は会社は伸びていたが、自分自身は不安に押しつぶされていた
    • 2023 年は気合で色々頑張って、年末の今日、今が勝負時だとまで思っている
  • 2023 年の行動の根幹は、バランスシートに見えない資産を活かし、拡大することだった
  • 2023 年は以下を軸に行動変容を図った
    • (1) 縁を重視し、偶発の力を信じる
    • (2) ストーリーテラーとして生きる
    • (3) 自身を評価に晒す
    • (4) 理解から逃げない
    • (5) 公器を志向する

思ったより筆が乗ってしまって、ここまで想定の倍以上の分量を書いてしまった。特に推敲もしていないが、年末年始の走り書きなので、このまま公開することにする。Flatt Security のファンの方、そして自分のことを気にかけてくれている方への生存報告になっていれば、一番嬉しい。もし、偶然にもシード・アーリーフェーズの事業に関わっている人に届くことがあれば、それはそれで嬉しい。

来年のことを言うと鬼が笑うというが、あと数時間で始まる来年のことを言う分には、笑う道理もないだろう。だから書いておくと、翌 2024/01/01 も Flatt Security で、プロダクト組織のためのセキュリティ事業の新たなステージを作り出すことに全力を注ぐ。そういった一日一日の積み重ねが、自分たちの事業の成長を加速させることを信じている。

今年もお世話になった全ての方に感謝を!来年もどうぞよろしくお願いします。


※ ところで 25 歳の今年はなんとか健康に生きられましたが、少しずつ体が弱ってきてる気がするので、今のうちから取り組んでおくべき健康イロハとかあったら誰か教えてください。

※ あと、本当は末尾に 2023 年の日本語ラップ新譜 Top 10 を残しておきたかったのですが、長くなりすぎたので、それはまた別の機会に……。誰か日本語ラップ談義しようぜ。

Written on December 31, 2023