日本語ラップ #01: C.O.S.A. 『Girl Queen』

今日 C.O.S.A. の『Girl Queen』という曲と出会った。この曲が素敵だったので色々と書く。 あくまで音楽素人の個人的な解釈、感想なので、誤っている箇所はそれなりにあるはずだ。話半分に読んでほしい。

『Girl Queen』

『Girl Queen』は、4 ビートのゆったりとしたサウンドの上で C.O.S.A. さんがある男性のある女性への愛情を歌う 1 曲だ。 レイドバック気味のフックはメロディアスで、バースは全体的に 16 分刻みのフローが続く。

主題が日本語ラップ村っぽくはないようにも感じられるが、同曲が入っているアルバム『Girl Queen』に関するインタビュー(こちら) で、C.O.S.A. は次のように語っている:

だから、全てがノン・フィクションではないし、フィクションもたくさん入ってる。それこそ、俳優のロバート・デ・ニーロが役柄そのままマフィアだなんて誰も思っていないのと一緒で、NAS がカマしてることだって 100%真実な訳は無いでしょ。一枚のアルバムがすべてフィクションでもいいと思ってる。ただ、現実で感じたことを、どうヒップホップ的にかっこよく表現するか、ですね

確かにこの曲の場合、主題はフィクションのように思えるが(ノンフィクションかもしれないけど)、それが HIP-HOP 的な表現方法で描かれているというのはその通りだと思う。僕は閉鎖的な日本語ラップシーン時代に満ちていたと伝え聞いているストリートのリアルを追求する価値観や、レベルミュージックとしての日本語ラップも好きだけれど、この手の「HIP-HOP やラップカルチャーをレンズとして何かを映す」という方向性の楽曲も個人的には好き1

ネームドロップの連打

この曲の面白さは何よりリリックだ。

歌詞(こちら) を見てパッと分かる通り、この曲は全体的にネームドロップが多い。 それらのネームドロップは、同曲で歌われている女性への愛情のかたちを、婉曲的ながらも深みのある形で表現するのに激しく役立っている。

まず、この曲の 1 バース目には名作『ゴッドファーザー』の登場人物の名前が散りばめられている。 冒頭の「シベリア」「ペルシア」「シチリア」という語感の似た地名の繋ぎから自然に出てくる、「ルチアーノ」(= ラッキー・ルチアーノ)という 1 つ目のネームドロップを皮切りに、以下のような『ゴッドファーザー』の登場人物の名前が次々と並ぶ2

  • 「Don」 … ドン・ヴィトー・コルレオーネ(先述の「ルチアーノ」がモデルの人物)
  • 「Luca」 … 「Don」であるヴィトーを信奉していたルカ・ブラージ
  • 「タッタリア」 … 「Luca」を殺したタッタリアファミリー

このネームドロップにより、この曲で「Knight」と自分を自称する男が「ルチアーノ」や「Don」のようにシブ格好いい男(?)であり、かつ『ゴッドファーザー』で「Luca」が見せたような強い忠誠心3を女性に対して抱いていることが表現されている。 『ゴッドファーザー』で描かれた人物の深みを借りることで、婉曲的ながらも巧く人物を描写しているわけだ。

その後にはマーティン・ルーサー・キング Jr.(キング牧師)とコレッタ・スコット・キングを指すであろう「キング」と「コレッタ」 という名前も並んでいる。 このネームドロップは一見先述の『ゴッドファーザー』の流れとかけ離れているように見えるが、「Luca」が(タッタリアファミリーに)暗殺されていることを考えると、同じく暗殺されているキング牧師がドロップされるのも不自然ではない。 そして 「Luca」と「タッタリア」というネームドロップはコルレオーネファミリー対タッタリアファミリー(※ 彼らは敵対していたが最終的に講和を結ぶ)を想起させ 、「キングとコレッタ」のネームドロップは人種差別撤廃運動を思い起こさせる。 この流れが最終的に直後の「いつか敵とも囲むテーブル」というラインに深みを与えている。

その他、ネームドロップはフックや 2 バース目にも見られるものだ。 フックだと聖母マリアを指す「Maria」を女性の慈悲深さ・優しさの表現の補強に用いている4。 2 バース目だとまたの名を 100% SKATEBOARDER と呼ばれるほどにスケートボードに熱中した「Jay Adams」を借りて「100% You」というフレーズを誘導し、「Remy Ma」と「Papoose」という刑務所挙式を行ったラッパーをドロップすることで愛の形をユーモア込みで描いている。

また、2 バース目には「モンロー」(マリリン・モンロー)と「JFK」(ジョン・F・ケネディ)という面白い名前の並びもある。 いま、この曲は夫婦にある男女を描いているのではなく5、あくまで女性を追いかける男性の心中描写を通して、先行していた下心が愛情に変わる瞬間が描かれている曲だ(、と少なくとも僕は考えている)6。このうち「下心」の先行を表現しているのが「なのにレースから透けた肌」からの一連のラインと、「JFK」と「モンロー」というネームドロップであるように聞こえる(二人の浮気関係は長らく噂されていることだから)。若干失礼な名前の使い方な気はするが、独特な表現が光っている。

韻について

この曲は長い文字数の言葉で踏む、というタイプではなく、いいグルーヴが出るように短めの音が綺麗に配置されている感じだと思う。 C.O.S.A. さんの発声と相まって気持ちいいんだなあ、これが。

まず 1 バース目には、「○○ イア」系の国名を(意味も通しながら)並べて耳馴染みのよい流れを作ったり、「ボス」「Teflon」「ドン」に共通する o の音でうねりを作ったり、「出して」「果たすぜ」の語感踏みを入れたり、という表現が見られる。 そして 2 バース目にも「You」「Tattoo」の強調や、「ジョーク」「Jail」の(厳密には踏めてはないけど)頭韻が見られたり、「サンチャゴ」「三叉路」という固くてユニークな韻が登場したりする。「三叉路」で踏んでるのを初めて聴いた。すげえ。

面白いのはフックだ。フックでは、4 拍子の 3 拍目がほとんど a の音で統一されている。 これは韻と呼ぶにしては短いが、フックのグルーヴ感を作る 1 つの大切な要素になっていそうだ。

オンビートとオフビートのミックス

ところで、グルーヴという話でいうと、この曲も(珍しくはないが)フックは完璧にオンビートのフローで、1 バース目と 2 バース目はオンビートとオフビートが入り交じる構成になっている7。これのおかげか、一定の声質の淡々としたラップだというのに、フックとそれ以外のメリハリが生まれ、1 バース目と 2 バース目の抜け感あるグルーヴが作られている。この手のメロが強すぎないスローな曲は 2 バース目まで来ると飽きてしまいがちなものだけれど、この変化のあるグルーヴだと、最後までゆったりと聴けて最高。

その他

こういう 1 から 10 までが描かれているわけではなく、リスナーの考える余地を残した描写、C.O.S.A. さんは巧いなあと思う。 全く理解できないほどの行間は空けないものの、埋められる行間を残す。複数の解釈はできるけれども、芯の部分は全員に届くよう伝える。 これってかなり難しいことだと思うんだよなあ。真似できるようになりたい。

あまりまとまりはないけど、今日はここまで。

  1. それでいうと、昔からギドラの『スタア誕生』のようなストーリーテリング系の曲はあったわけだけど、当時はそれも批判されたりしたのかな。リアルじゃねえ!みたいに。当時を生きていないから分からない。 

  2. これらの名前はうまく 1-hop の関係性で繋がれており、リスナーが次から次へと人物を想起しやすいようになっている。上手い流れの作り方だなあ。 

  3. この忠誠心は冒頭の「Queen として扱う」というラインでも表現されている。 

  4. この辺は 2 バース目の「サンチャゴ」というフレーズともリンクしているはずだ。この文脈でサンチャゴと言えばサンチャゴ巡礼のことだろう。 

  5. 1 バース目のルチアーノのくだりやフック中の「男は夢中で 争い出す」などのフレーズを考えると、こう解釈するのが自然だろう。 

  6. なお、下心の愛情への変化は、フックの「男は変わる 君を守ろうと」というフレーズや、2 バース目の「わずかに開いた心のすき間から 人生を変える瞬間が覗いてる」というライン、2 バース目の「自分と向き合いうようなそんな目して 俺は新しい生き方を見つけた」というフレーズで表現されている。 

  7. 勿論こういうオンビートとオフビートを行来するフローは C.O.S.A. さん以外のラッパーも結構している。COSA さんの声質とこのビートにピッタリあってるなあと思った、という話。ところで、梅田の Kenny Does さんなんかは速めの BPM 帯でこれをするのがレベチで上手い。速い BPM 帯でこれをすると危なっかしいうねりがでて最高なんだよな〜〜〜。 

Written on March 12, 2021