質感

久々に手書き随想。未来の自分が振り返る用。

Thumbnail


「質感」。

この頃は、以前に増して、ものごとの「質感」に意識が及ぶ。アルミのカトラリーはつめたく、自宅のホーロー鍋にはざらざら(あるいは、たまに落としそびれた油分の粘性)を。日々乗る総武線には東方・千葉駅の空気を。この春からの僕の相棒、MAZDA ROADSTER RFには艶めいた重たさを。最近親友の結婚式で赴いた梅田駅近くの芝生には かえって 都会の質感を、長らく居を構える中野には新旧が積層した質感を。

歳を取ったのかな?こんな「質感」なぞ、数ヶ月前の僕は、取るに足らない、と一瞥もくれてやらなかったものだ。長らく著しい硬直をみていた僕の感性も、少しずつ変わってきているのかもしれない。


昔話。

幼少期から僕は、僕を「競争狂」と形容してきた。競争は好きだ。競争には「勝ち」という尺度があるからだ。人から評価を与えられる世界はなんて幸せなんだ、と今でも思う。決まったリーダーボードの中での1位を目指して、自己改善を続ける だけの生き方は、楽なのに刺激に溢れている。敢えて令和的に言えば「ドパガキ」向けのチャートだ。平和な戦争は果てない甘味である。不幸なことに僕は戦闘適正があったのだ、のめり込んでしまった。

(結果としてこのブログには、傍目には日記としながらも、結局はセルフボースティングの意図が透けている記事が多い。心から恥ずかしい話だ。承認欲求は若さの代名詞にせよ、褒められたものではない。)

競争に身を置き続けた二十数年間は灼熱だった。平成生まれながらに、令和的観念で言うところの「昭和のライフスタイル」を謳歌したようにまで感じる。寝ても醒めてもラップトップにかじりついた。3徹くらいナンボのものだった。ロフト付きワンルームで天井まで70cmで寝るときも、大学の地下室でカビじみたデスクチェアを並べて寝つづけた夏も、仰向けだった。成果が出ることが僕のザナックスだった。

夜の蛍光灯の熱、徹夜明け特有のじわりと高い体温、換気の悪い地下室に鎮座する重い空気の塊。そんなインドアな夜の「質感」を思う。


変化。

ただ、24歳を過ぎたころから緩やかに、自分の根本にある「競争狂」としての性質が失われつつある。特に自分が一人で成り上がること、自分のために勝つことへの興味が、全くを以て無くなったのだ。自分一人の勝利も成長も些事だ。

これは自分が今、自分の外に「役割」を感じているからだ。今自分が働く業種(Claude Mythos なんかでも話題のサイバーセキュリティ業界だ)で、自分がなすべきと強く信じるものがあるからだ。これだけ変わりゆく世の中で社会を守り続ける役割の一部は、僕と僕の仲間以外に成し得ない。だってこれに命かけてるやつは限られてるんだ。世のため人のため、未来のため、そう思って軸足をこの領域に置き、前かがみに体重を乗せてきたプレイヤーは一握りなんだ。

少し熱くなってしまったが ― 古典に倣うならば、マズローの欲求階層説ピラミッドでいう自己超越(Self-Transcendence)へのピラミッド、アドラー心理学などでいう共同体感覚(Social Interest)などで説明できる変化なのかもしれない。駒場でつまみ食いした程度の浅学だが、学びは数年経って返ってくるものだと実感しながら、自己が社会に融け、目的が自分の外に移りゆくことを客観視する。

潮風に当てられながら、夜の海をぽつりと照らす灯台の、献身に満ちた「質感」を思う。


自省。

ただ27歳を迎えた去年から ― 芸無く逆説を繰り返してみるが ― 世の中のため、大切な仲間のため、という利他的な生き方に傾倒していくほど、自分の半径数メートルへの優先順位はどんどん下がってきてしまってもいる。(まさに灯台元暗しだ。)

浴室の鏡の水垢だとか、お気に入りの包丁の刃毀れだとか。こわれたエアコン1つの修理も頼めていないことだとか。何故か壊れた冷蔵庫がリビングの真ん中に鎮座していることだとか。単なる注意欠陥からくるそれではあるのだが。

たまに体が追いつかず、休暇を取らざるを得ない日もでてきた。左手のしびれに悩まされている(通院はしているが、まだ理由は分からない)。古くから Emacs(ないしは Emacs キーバインディング)のユーザーである僕にとって、特に小指のしびれは致命的である。スマホひとつ持てない日もあって普通に困る。上京前の高校生活、ハンドボールに熱中することで得た肉体への貯金が、ほろほろと失われているのを感じる。The 27 Club の面々が頭をよぎる。

仰々しく言えば、案外ルビコン川は目の前かもしれない。そう直感する。寝食を全て賭しての働き方はもう1年と持たない。会社には人生の先輩が沢山いて、生活に関しては沢山の心配とお叱りを受けてきた。話半分に流してきた自分がいたけれど、自分の 終わり をほんの一抹ながら意識するようになって、ようやく身に染みてきた。

去年の春にJが亡くなったことも、僕には十分に象徴的な出来事だった。特に『Nov』を聴くたびに涙がこぼれる。「削る身をばらまく」「枯れていく体」なんてフレーズは比喩のままであってほしかった。死んでリアルになる歌詞があってたまるか。僕はJに生きていてほしかった。

挿してから数ヶ月経った生け花。触れば崩れてしまう軽さと脆さ、そういう「質感」を思う。


夏の手前には、オホーツク海気団と小笠原気団が前線をなし、恵みの雨をもたらす。大事なことは、気団の片方だけが強すぎたのでは梅雨は成らず、恵みも乏しくなることだ。

28歳を迎える僕は、今後も当然仕事に専念する。だって世代と夢、期待を背負っているのだ。まだちっぽけな自分にも多少の自負がある。応えてからじゃないと死ねない。エンジニアリングでも、ビジネスでも、政治でも、取れる全ての選択肢を手に取り、世の中の安全のためにこの身を賭したい。僕にバトンを繋いでくれた先輩方全ての恩を以て、社会に恩送りをしなくてはならない。

そのうえで同時に、僕という一人の人間やその半径数メートルを、もっと愛してみたいと思う。人生の秋を思えばこれも重要なんだろうから。人生とは不思議なもので、こう思い始めたとたんに、そういうものをくれる方向に出会いを運んでくれている。特にこの二週間くらいは久々に覚えたような感情にあふれていた。(久々に随想書こうなんて思ったのはそういう理由だ。)


2026年の東京は明日にも梅雨入り。神田川沿いで雨を湛える紫陽花に、今年の「質感」を思う。

1


Written on June 6, 2026